
僕は、32年前の秋、これから雪に包まれようとする信州に生まれた。
物心ついた頃、僕は新潟に暮らしていて、そこにも冬はしんしんと雪が降り積もった。
ある年の冬休み、祖父母の家に行くと、同じ雪でも、ずいぶんと違うことに気がついた。
さらさらとした雪なのだ。
新潟の雪はどこか湿っぽく、べたっとしていたから、それだけでも僕は相当に感動したものだ。
その後再び長野に戻り、やがて大人になって東京に出るまで、僕の冬は常に、白い雪とともにあった。
東京に出て最初の冬、僕は何か物足りなかった。風こそ冷えても、街を里を覆う雪がなかったからだ。
年が明けた頃、一日だけ、雪が積もった。
郷里のさらさらした雪には遠く及ばぬものだったけど、
それでも、この街にも冬は来るのだと感じたとき、僕は春を待ち遠しく感じることができた。
5年前、札幌で暮らし始めた。僕は再び、雪のある冬を過ごしている。
降り積もり、時には吹き荒れ、いつしかこの街を白く染める、雪。
一年の半分近くを雪に閉ざされながら、僕たちはいつしか、春を待っている。
でも、僕は思うのだ。
春は待つ間にやってくるものではなく、迎えに行くものなのだ、と。
長い冬、冷えた空気の中を歩く。眼に映るものみな白く包まれ、零下何度に冷やされながら、
それでも、内に抱くは、前へ前へと旅を続けていこうとする想い。
そしていつしか、この街にも、あたらしい季節は来る。
僕たちが迎えに行った、2008年の春が。
長い時を、夜を越えて、そして春は。
僕たちは、春を迎えに行く。 |